七転び八起き
鈴木「何持ってるんだ。あ、また手紙かよ」
佐藤「そう。総務課の円城寺すみれちゃんに」
鈴木「何回も言うけど、手書きの手紙なんていうアナログなやり方が悪いんじゃないのかねえ。メールやラインなら楽だから、返信してもらえるかもしれないだろ。いい加減、やり方変えれば」
佐藤「直筆だからいいのさ、わかんないかなあ。僕の人柄が文字に現れるからね」
鈴木「手紙にお前のメアド書いといてさ、スマホに返事くれるようにすりゃいいんだよ。その方がずっと確率上がるぞ」
佐藤「今度こそ大丈夫だ、まあ見ててくれよ」
鈴木「それで何通めだ」
佐藤「ええと、八通めになるかな」
鈴木「ほお、まさしく七転び八起きを地で行く行為だな、涙ぐましいよ。で、その<大丈夫>の根拠は何だ。脈はあるのか」
佐藤「うん、七通めを手渡したとき、すみれちゃんに言われたんだ。
佐藤さん、頑張って。あと一つで、お茶一回つきあったげるから。 」
鈴木「ドトールのスタンプじゃないんだからさ、お前、はっきり言って、遊ばれてるぞ、入社二年めの小娘に。考えてもみろ、あれだけ美人で巨乳で明るくて性格も良けりゃ、もうとっくに彼氏のひとりやふたりいて普通だよ。仮にフリーだとしても、ウチの社内だけでもあの子を狙ってる奴はいっぱいいるんだからな。お前はブ男じゃないけど特にカッコイイわけでもないし。なあ、そうとうハードル高いぞ」
佐藤「だからこうやって、マメに努力を積み重ねるのさ」
鈴木「八度めの挑戦はどうだったんだよ」
佐藤「へへ、彼女ウソつかなかったよ。行ってきたんだ」
「お茶にか」
佐藤「そう、駅前のMホテルのラウンジでね」
鈴木「あんな高い店に行ったのか。あそこはブレンドコーヒー一杯1200円だろ」
佐藤「ブルーマウンテンを飲んだからね。二人で4000円かかったよ」
鈴木「どうせ全部お前が払ったんだろ」
佐藤「当然。でも、これもらったんだ.見てくれよ、成果ありだろ」
鈴木「ん、カードじゃないか、メッセージでも書いてあるのか、どれどれ…おい、四角いマスの中に すみれ っていうサインが八つ並んでるけど」
佐藤「その下に空欄が八か所あるだろ。手紙をあと八回書いて渡せばカード一枚埋まるからさ、そしたらディナーに付き合ってくれるってさ」
鈴木「どうせまたお前持ちだろ。こんなカード作るなんて、男の手玉の取り方心得てるよな。利用できるだけ利用してやろうってことだろ。これはお前、キャバ嬢と同じ手口だぞ」
佐藤「でもさ、一歩前進だろ」
佐藤「そうやって遊ばれてる男が、お前のほかに何人いることやら。幸せだねえ、あんたたち」
佐藤「行ってきたよ、M ホテルのスカイラウンジに。ほんのり赤みを帯びたすみれちゃんの頬は美しかったなあ、鈴木にも見せたかったよ」
鈴木「あそこは駅周辺でもダントツの高級店だぞ、いったい何食ったんだ」
佐藤「もちろんフルコースさ、フランス料理の。ドンペリのロゼも一本開けちゃった」
鈴木「ドンペリのロゼだと。お前、アマゾンでも35000円くらいだぞ、あれは。い、いったいいくら金使ったんだ」
佐藤「ま、はっきりは言えないけど、月給の半分ぐらいかな」
鈴木「キャバ嬢よりタチ悪いな。今回が月給の半分ってことは、次は全額持っていかれるぞ。骨までしゃぶるとはこのことだな。で、これからどうするんだ」
佐藤「カード二枚埋めたら、休日まる一日付き合ってくれることになってるんだ」
鈴木「どうせまたべらぼうに高いところに誘導されるに決まってらあ。おお怖い怖い。会社辞めてキャバクラで働きゃいいんだよ、きっと指名ナンバーワンになれるぞ。今度会ったらそう言っといてくれ」
佐藤「鈴木はすみれちゃんの本当の良さがわかってないねえ…さ、手紙書かなきゃ。便箋と封筒、まとめ買いしとこ」
鈴木「……浮かない顔だな、いよいよおしまいか」
佐藤「すみれちゃんってさあ、ローカル鉄道が好きなんだって。でさ、こないだの日曜日に行ってきたんだ、静岡の大井川鉄道に」
鈴木「ほお、浮かない顔の理由はそれか。ローカル線に揺られていい気分のときに、ガツン、とやられたんだろ。何言われたんだ、笑わないから言ってみな」
佐藤「実は、これなんだ……」
鈴木「ん、銀行の預金通帳じゃないか。一月十日、預け入れ一万円。これがどうした」
佐藤「あの、すみれちゃんからさ、絶対誰にも言わないでって口止めされてるんだ。だから黙っててくれよな」
鈴木「ああ、言わないよ。俺の口かたいの知ってるだろ。教えろよ」
佐藤「それ、きのう、駅前の銀行で作った口座なんだけどさ、そうやって毎月一万円ずつ入れるだろ、そんで、半年たったら全額すみれちゃんにあげるんだ。そしたら、そ、そしたら……」
鈴木「何だよ、早く言え」
佐藤「……すみれちゃんを、一晩自由にしていいって」
鈴木「あきれたねえ、まるでホテトル嬢じゃないか、ついに本性現したってわけだ。でもよ、それならいっそのこと、まとめて六万払っちまえば。そうすりゃ即ホテル行きだろ」
佐藤「それがダメなんだ。半年に一人一回って決められてるからね」
鈴木「一人一回だと。てことは、やっぱりいるんだな、他にも」
佐藤「……冗談のつもりでさ、すみれちゃんに聞いてみたんだ、僕で何人め、って。そしたら、
佐藤さんは八番めよ。佐藤さんのあとに、まだ二人待たせてあるの 」
鈴木「合計十人か。そら見ろ、俺の言った通り、いや、言った以上だな。で、どうするんだ」
佐藤「まあ、行けるとこまで行くしかないだろうね」
鈴木「すみれちゃん、辞表出したんだってなあ。今月いっぱいだとよ」
佐藤「本人から聞いたよ」
鈴木「半年一回六万円の件はどうなるんだ」
佐藤「……すみれちゃん、妊娠しちゃったみたいなんだ」
鈴木「誰だ、まさかお前じゃ」
佐藤「素直にみんな話してくれたよ。十人のうち、ゴム付けないで寝た男が四人いて、しかもすべて一週間以内だったんだって。だから相手を特定できないらしいんだ」
鈴木「で、その四人の中にお前は」
佐藤「入ってるよ」
鈴木「おろすんだろ、当然」
佐藤「産みたいって」
鈴木「一人で育てる気か、あの子」
佐藤「実はね、その四人全員に事情を話したんだって。そしたらそのうちの一人、ほら、あいつ、情報システム部の佐々木がさ、俺が父親になる、って、真っ先に手を挙げたらしくてさ。それですみれちゃん決めちゃったんだって。僕が話を聞いたのは、佐々木のあとなんだ」
鈴木「先を越されたか。しかし佐々木もモノ好きな男だなあ。あいつほどのイケメンなら、これからいくらでも相手みつかるだろうに」
佐藤「しょうがないよ……ああ、七転び、のあとが続かなかったなあ」
鈴木「水臭いな佐藤、婚約したんだって。すみれちゃんショックからやっと立ち直ったか、よかったよかった。で、相手はウチの社内のヒトかい」
佐藤「……すみれちゃん」
鈴木「何だと」
佐藤「佐々木と婚約したあとすぐ出産したらしいんだけど、佐々木の子じゃないってことがわかって、佐々木が引いちゃったんだって」
鈴木「産まれてすぐにそんなことわかるのか」
佐藤「血液型がさ、彼女はO型なんだけど、僕以外の三人も同じO型らしいんだな」
鈴木「お前は何だっけ」
佐藤「A型。産まれた子もAなんだって。O同士でくっついてAができるのは考えられないって。で、佐々木がすみれちゃんに問いただしたら、佐藤さんがA型なの、って。それを聞いた佐々木が激怒して、佐藤のガキなんざ育てられるか、ってことで、婚約破棄」
鈴木「それで、お前のところに来たわけだ」
佐藤「そうじゃないんだ。婚約おめでとうって手紙送ったら返事が来てさ、そこに婚約は取り消しですって書いてあったから、直接会って話を聞いたんだ。で、僕の子だってわかったもんだから」
鈴木「お前が責任取ることにしたのか」
佐藤「だって、疑いなく僕の子だからね」
鈴木「こういうのもハッピーエンドって言うのかねえ、七転び八起きって言葉は間違ってなかったってことだな」
佐藤「ううん、もっといい言葉があるけどね」
鈴木「何だ」
佐藤「果報は寝て待て」
(了)
・・・2016年11月15日火曜日に某無料ブログサイトに入力したものを、このたび書き改めました。